大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和24年(オ)321号 判決

主文

上告人の上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

補助参加人の上告を却下する。

右上告費用は補助参加人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士坂千秋の上告理由第一点について。

一、原判決は、七谷村選挙管理委員会は、昭和二四年一月八日一回だけ開催せられ、投票管理者及び開票管理者の選任をした以外は、なんら市町村の選挙管理委員会として為すべき職務を遂行せず、投票立会人の選任をはじめ、その職務の一切を挙げて村長、助役、役場書記等の所謂村役場事務当局に一任する旨の決議をして散解したこと、従つて右選挙について、投票立会人として投票事務に関与した菊田長右衛門、中村桂二郎、岡橋留藏の三名はいずれも右選挙管理委員会によつて選任せられたものではなく、これらはすべて、村長、助役、又は役場書記の委嘱によるものである事実を確定し、右のごときは法廷の手続によつて選任せられたものと認められないと判断しているのである。論旨は、或は右と異る事実関係を主張し、或は右村長以外の村当局を以て右委員会の延長に過ぎないものと独断して、如上の委嘱を以て右委員会の選任と同視せんとするものであるが、その理由のないことは多言を要しないところである。

二、さらに、原判決は本件投票管理者鶴卷正雄が投票事務を執行するに当つて、前記三名が投票立会人としてその職務を執行するのに対し異議を述べた形跡は認められないれけども、単に異議を述べなかつたということと選任行為とはその性質を全然異にするものであるから、鶴卷正雄が異議を述べた形跡がないという一事によつて、なんら権限のないものによつて、選任せられた前記三名が投票立会人としての資格を具有するに至るものと解することはできないと判示しているのであつて、この判断はまことに正当であつて、論旨は、投票管理者鶴卷正雄が異議を述べないということは結局三名が投票立会人であることを承認しているのてあつて、実質的に投票管理者が投票立会人を選任したものであると主張し、或は原判決の認定と相容れない事実又は原判決の認定しない事実に立脚して右三名の投票立会人たる資格を肯定せんとするものであるが、かかる見解は到底是認することはできない。その他所論の各事情を参酌しても原判決の如上の判断をもつて違法なりとする理由はみとめられない。論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決は、市町村の選挙管理委員会は都道府県の選挙管理委員会の指揮監督の下に衆議院議員の選挙に関する事務を処理するものであり、選挙の民衆化を図りその自由、公正を保持するために、従来普通の地方行政庁たる市町村長の管理するところであつた選挙に関する事務を執行する為めに特に設けられた機関であつて、その職務権限も単に投票管理者、開票管理者及び投票立会人の選任ばかりでなく、他にも重要な職務権限を有することは衆議院議員選挙法又は同執行令を通覧すれば容易に了解せられるところであり、市町村の選挙管理委員会がその職務権限を尽すか否かが、選挙が自由且つ公正に行われるか否かに重要な関係を有するものであることは言うまでもない。従つて七谷村選挙管理委員会が投票管理者及び開票管理者の選任以外の職務権限の一切を挙げて村役場事務当局(たとえそれが管理委員会事務当局であつても同様である)に一任して顧みなかつたことはそれ自体選挙の規定に違反するものといわなければならない。また投票立会人及び開票立会人は選挙が自由且つ公正に行われるかどうかを監視するための必置且つ重要な機関であり、さればこそ法はその選任方法等についても詳細な規定を設けているのであるから、本件選挙において、前記認定の通り、なんら権限のない者によつて選任せられた者が投票立会人及び開票立会人として投票及開票事務に関与したことは、これまた明かに選挙の規定に違反するものと言わなければならない。と判示した上、さらに、原判決はこれらの事実に、判示第二、第三、第四、第六に説示した違法乃至不始末の事実を合せ考えれば七谷村における本件選挙は選挙の自由、公正、厳粛を旨とする法の精神を無視して行われたものであり、殆んど選挙の体を具えないものであることを窺うことができ、かような綜合的観点からしても、本件選挙は同法第八二条で言う選挙の規定に違反するものということができる、としているのであつて、かかる選挙規定の違反は選挙の公正の保障を全面的に阻害するものであることは論議の余地のないところであつて、選挙の結果に異動を及ぼす虞のあることまた勿論であるといわなければならない。論旨は原判決の認定と異る観点に立つて、本件選挙規定の違反を軽微なりとするものであつて、採用の限りではない。

同第三点について。

原判決は、本件における選挙規定の違反は、殆んど選挙の体を具えないものというべきであると判示していることは前点説示のとおりであつて、原判決の意とするところも、かかる選挙規定の違反は当然に七谷村における選挙の結果に異動を生ずべき虞れあるものとするにあることは明らかである。ただ若し七谷村における本件選挙の全部を無効とし、新に選挙をやり直すとしても、新潟県第二区における各候補者の当落に何等影響を及ぼさないこと明瞭であるならば、ことさら、七谷村における本件選挙の無効を宣言する実益はないのであるから、原判決はこの点を考慮し、同県第二区における最下位当選者及び次点者の得票数の差数と、七谷村における有権者総数とを比較考量した上、本件選挙を無効とし、改めて適法な手続によつて、選挙をしなおすにおいては、同県同区における候補者の当落に異動を生ずるの虞あり、即ち法第八二条一項にいわゆる「選挙ノ結果ニ異動ヲ及ボス虞アル」ものと判断したのである。その論旨とするところは当裁判所の従前の判例と何ら相反するところはないのである。論旨は原判決の趣旨とするところを正解せずしてこれを論難するものであつて、採用することを得ない。

上告代理人弁護士阿保浅次郎の上告理由第一点について。

裁判所は衆議院議員選挙に関する訴訟の審判をするにあたつて、検察官に口頭弁論の期日を通知し、これに立会の機会を与えた以上は、検察官が口頭弁論に立ち会わなくても、それがために裁判の違法を来するものでないことは、当裁判所の判例の示すところによつて明らかである。(昭和二三年(オ)第二一号同年九月二五日第二小法廷判決参照)しかして、本件においても、各口頭弁論の期日を検察官に通知したことは記録添付の通知票によつて明瞭であるから、論旨は理由がない。

同第二点について。

一、原判決はその挙示の証拠にもとづいて、本件選挙管理委員会は投票立会人の選任を所謂村役場事務当局に一任し、本件投票立会人は何ら権限のない村長助役又は村役場書記の委嘱によるもので、法廷の手続によつて選任せられたものでないと認定したのであり、右認定は正当であつて、その間所論のような実験則に反して証拠の解釈をした違法はなく、この点に関し、原判決の証拠の取捨判断事実の認定を攻撃するに過ぎない論旨はこれを採用することを得ない。

二、所論開票立会人三名についても、原判決は、その挙示の証拠によつてすべて何ら権限のない村長、助役又は役場書記の委嘱によるもので開票管理者鶴卷正雄が正当に選任したものでない事実を認定したのであつて、この点に関する論旨も亦右原判決の証拠の取捨判断事実の認定を非難するに過ぎないから採用に値しない。

同第三点第四点第五点について。

原判決は本件の証拠資料によつては、投票管理者であり開票管理者である鶴卷正雄が投票事務又は開票事務を執行するに当つて、前記三名が投票立会人又は開票立会人としてその職務を執行するに対し異議を述べた形跡は認められないから、右三名は法二四条二項又は法四七条一〇項によつて適法に選任せられたことに帰するのではないかということも考えられるが、単に異議を述べなかつたということと選任行為とはその性質を全然異にするものであるから、鶴卷正雄が異議を述べた形跡がないという一事によつて、なんら権限のない者によつて、選任せられた前記三名が投票立会人又は開票立会人としての資格を具有するに至るものと解することはできない。と説示しているのであつて、この説示はまさに正鵠を得たものというべきであり、所論のように、鶴卷正雄が右三名をして特に投票立会事務又は開票立会事務に当らしめたとか、右三名をその適任者として承認したというがごとき事実は原判決の認定しないところである。論旨は原判決の認定しない事実関係に基づき独自の見解に立つて原判決の右の判断を攻撃するものであつて採用することはできない。又原判決が「本件選挙管理委員会は、村役場事務当局に対し、投票立会人の選任を一任した」と認定した点に関する論旨(第五点)は要するに、原判決の証拠の取捨判断を攻撃し、原判決の認定と相容れない事実を主張するに帰するのであつて、上告の理由として採用の限りでない。

同第六点について。

原判決は「被告が採用した各証人の証言中及び乙第三乃至第五号証、第八乃至第一一号証の記載中以上の認定に反する部分はいずれも信用しない」と判示して所論乙第九号証に対する判断をも明らかにしているのであるから論旨は理由がない。

よつて、上告人の上告は民訴三九六条、三八四条に従つて棄却すべきものとみとめ、訴訟費用の負担について、同法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

上告人補助参加人三宅正一の上告について。

原審における被告の補助参加人たる三宅正一は被告敗訴の原判決に対して、独立して上告の申立をすることのできることは、民訴六九条の規定することろであるけれども、補助参加人は、その補助参加の性質上、被参加人(被告、上告人)のために定められた上告申立期間内にかぎつて、上告の申立をなし得るものといわなければならない。しかるに本件補助参加人の上告申立は本件上告人のために定められた上告期間経過後になされたものであることは記録上明らかであるから、右補助参加人の上告申立は不適法である。

よつて補助参加人の上告については民訴三九六条、三八三条、八九条、九五条を適用し主文のとおり判決する。

又、原審における補助参加人はその被参加人が上告申立をした場合に、被参加人のために上告理由書を提出することはできるけれども、これまた、被参加人のために定められた上告理由書提出期間内に限つて上告理由書を提出し得るものである。しかるに本件補助参加人の提出した上告理由書は被参加人たる上告人のために定められた上告理由書提出期間経過後に提出せられたものであることは、記録上明らかであるから右は上告理由書たる効力を有しないものである。よつて、右理由書に対しては説明をしない。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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